平日に「出張」と言って、不倫旅行へ

30代男性
この記事を書いた人
拓也

31歳。会社員として日々働きながら、家庭では2人の子どもを育てる父。趣味の競馬がきっかけで、現在ダブル不倫中。

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普段は都内のカフェで1時間ほど話すだけ。日常の合間にすれ違うように会うことが多く、何かを「一緒にする」という時間はとても少ない関係です。僕たちには、守るべき家庭があり、それぞれの日常がある。だから、少しでもその日常から外れるには、それなりの覚悟と準備が必要でした。

行き先は、海の見える小さな町

日帰りも考えましたが、結局、思い切って一泊の旅行を決めました。平日に有給を取るのは少し勇気がいりましたが、「出張」と言えば、なんとかなります。彼女も「友達と温泉」と家族に伝えたそうです。嘘をつくことに少しだけ罪悪感を覚えながら、それでもどこかワクワクしている自分がいました。

行き先は、海の見える静かな町。観光地としてそこまで有名ではないけれど、こぢんまりとした旅館と、散歩にちょうど良い海岸線がある場所です。彼女が見つけてくれました。

到着してすぐ、旅館の部屋に入った瞬間、彼女が窓を開けて「すごい……波の音、ちゃんと聞こえるね」と微笑んだ表情が、今も忘れられません。まるで学生時代のカップルのような空気で、無邪気に笑う彼女を見て、僕の中にも懐かしい感情が蘇りました。

ただ、一緒にいるだけの贅沢

旅館の夕食は、地元の魚を中心にした和食コース。お酒も少しだけ飲みました。お互い、酔いすぎるのは好きじゃないので、ほんのりと頬が赤くなる程度にとどめました。

テレビをつけず、スマホも置いて、ただ話しました。昔の恋愛の話、子どもの話、仕事での苦労……どこか他人には話しにくいことも、彼女には自然と話せてしまいます。不思議な関係です。

「こんな時間、いつぶりかな」
彼女がそう言ったとき、少しだけ胸が痛みました。もしかしたら、この時間は僕たちにとって「最初で最後」かもしれない。それでも、今日だけはそれを忘れたふりをしよう。そんな気持ちでした。

静かな夜に、ただ寄り添うという贅沢

それぞれ入浴後、部屋に戻って、浴衣のまま畳に座りました。障子の向こうからは、かすかに波の音が届きます。テレビもスマホもつけず、部屋の灯りを少し落として、ふたりだけの時間が静かに流れていました。

「こうやって夜を一緒に過ごすの、初めてかもね」

彼女がそうつぶやいた瞬間、僕の中で何かがほどけた気がしました。これまではどんなに話が弾んでも、終電を気にしていたし、そもそも“夜”を一緒に過ごすなんてことはあり得なかったのです。
今夜だけは違います。誰にも邪魔されず、時間の制限もない。ただ隣にいて、言葉を交わし、笑い合える。それだけで、どうしようもなく満たされた気持ちになっていました。

湯上がりの熱が少し残るまま、布団を敷く前の畳の上に並んで座って、彼女が持ってきたお土産のお菓子をつまみながらお茶を飲みました。話す内容は、子どもの成長のことや、仕事でのちょっとした愚痴、学生時代の失敗談など、どれも日常の延長線上にあるようなものばかり。でもその日常を、こうして誰かと共有できること自体が、すごく特別なことのように思えたのです。

「こんな夜が、ずっと続けばいいのにね」

畳の上に寝転がって、天井を見上げながら彼女がこぼしたその言葉に、僕は返事をする代わりに、そっと手を握りました。声に出すのがこわかったからです。この時間が、あまりに尊くて、壊してしまいそうだったから。

翌朝、チェックアウトのときに

朝ごはんを食べ、少しだけ海辺を歩いてから旅館をチェックアウトしました。荷物は少ないはずなのに、なぜか心は重く感じました。

「また来ようね」と彼女が言いました。
「うん」と答えながら、心の中では「わからないな」と思っていました。現実の生活が待っています。

家族がいて、仕事があって、社会的な顔をまた被らなければいけない日々が戻ってくるのです。
それでも、この一泊は確かに「本当の自分」と向き合えた時間だったと思います。誰にも言えないけれど、大切な記憶になりました。

もし、これが最後だとしても

この関係が、いつまで続くかはわかりません。彼女との関係に未来があるとは思っていないし、お互いに今の生活を捨てるつもりもない。それでも、心の中のどこかで「救われたい」と思う感情を、否定できなかった。

「ありがとうね、誘ってくれて」

駅のホームで、彼女がそう言ったとき、思わず手を握りたくなったけれど、やめました。代わりに「また、会おう」と言いました。

この一泊旅行は、もしかしたら最初で最後になるかもしれません。それでも――。
それでも、僕はこの記憶を、ずっと忘れないと思います。

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